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連載・地殻変動する国際エネルギー資源業界


           大阪商業大学総合経営学部教授・経済学博士・中津孝司
 




  

 
   

世上にわかに英国のEU離脱問題でかまびすしい。現実に英国がEUを離脱するかどうかは不明であるにもかかわらず,悲観論が先行,英国のEU離脱が決定したと言わんばかりの論調が目立つ。仮に英国がEUを離脱したとしても,実質的にEU単一市場にアクセスできるように配慮される。EU離脱後も英国は欧州経済領域(EEA)の一員として,EU加盟諸国と円滑な経済関係を保持していく。

そもそも英国は大陸欧州と一線を画してきた。共通通貨ユーロの導入を拒み,労働力の自由移動を保障するシェンゲン協定にも調印していない。英国が大欧州世界の一員であることは間違いがないけれども,あくまでも英国は英国なのである。

英国は集団安全保障の枠組みである北大西洋条約機構(NATO)に加盟すると同時に,米国の偉大なる同盟国でもある。ロンドンの金融街シティーは国際金融センターの一角を占め,国際金融界を代表する。欧州でロンドンに匹敵する国際金融都市は見当たらない。

ロシアがウクライナ領のクリミア半島を略奪,実効支配してから2年以上の歳月が流れたが,ウクライナに返還される動きは微塵もない。ウクライナ東部地域では親露派武装勢力とウクライナ軍との交戦が今なお続く。この暴挙を国際社会が許すはずもなく,米国もEUもロシア経済制裁を解除していない。EUは2016年7月1日,対露制裁を2017年1月末まで半年間延長することを正式に承認している。制裁期間の延長でロシア経済の復活は絶望的となった。

ハンガリー,ギリシャ,イタリアなどが制裁緩和を促す一方,ポーランドやバルト3国などは制裁解除に慎重である。いずれ制裁内容が緩和される公算は大きいが,完全解除に至るには長い道程が待ち構えている。クレムリン(ロシア大統領府)はEU制裁包囲網を突き崩すことを画策してきたが,ロシアが思い描くような欧州分断は容易でない。結果,ロシアの孤立状態が際立つ格好となっている。

NATOはバルト3国とポーランドの防衛力強化に乗り出すと同時に,欧州南方に広がる黒海の地政学的重要性を再認識している。アジア地域にとっての海洋問題とは南シナ海を指すが,欧州地域では黒海がそれに匹敵する。南シナ海の覇権を中国が目論むように,ロシアは黒海の覇権を狙う。

クリミア半島を強奪することでモスクワは黒海覇権を宣言した。黒海覇権の布石はすでに打たれつつある。ロシアの黒海艦隊は黒海に面するセバストポリ港(クリミア半島)を拠点とする。加えて,シリアにも拠点網を拡大する戦略だ。黒海がロシアの湖と化したことで,黒海は新冷戦の象徴となってしまった(1)

こうしたロシアの脅威に対抗すべく,NATOは対ロシア抑止力を増強,ロシア包囲網を着々と整備してきた。今後,ウクライナとジョージア(旧グルジア)のNATO加盟は対ロシア戦略上,重要な課題となる。英国のEU離脱問題でロシアが果実を得ると考えるのは単純であり,かつ浅はかなのだ。むしろ欧州諸国の結束が強化されることをロシアは覚悟したほうが良い。

 
   

ロシアの悩みの種は尽きない。国際原油価格とこれに連動する天然ガス価格が低迷して久しい。足元でも1バレル40ドルから50ドルのレンジで推移する。石油輸出国機構(OPEC)加盟産油国と同様に,産油国ロシアの台所もきわめて苦しい。

外国為替市場では通貨ルーブルが売り込まれ,2016年1月21日は1ドル85.95ルーブルと過去最安値を記録した。その後は持ち直しているとはいえ,今もってルーブル安から脱却できていない。利下げは実施されているが,それでも政策金利は年10.50%と高水準だ(2)

輸入インフレによる物価上昇圧力は増すばかりで(2016)年上半期のインフレ率は8%程度の予測),ロシアの実質所得,家計所得は停滞し続けている。2015年に賃金が10%も減少したあげく,2016年2月には実質家計所得は対前年同月比でマイナス7%に落ち込んでいる(3)。加えて,不況と高金利が足かせとなって,ロシア企業は思い切った投資に踏み込めない。

欧州経済が停滞すれば,ロシア経済のさらなる重荷になる。ロシアの先行きは依然として不安定である。ロシア市民はより良い未来をプーチン大統領に託してきたが,どうやらその信頼は消滅したようだ。政治的な自由は制約される半面,経済的な安定と繁栄は保障されるという交換条件はもはや成立しなくなった。

ロシアでは政府歳入と総輸出のほぼ半分を石油関連収入が占有する。このためルーブルも主要株価指数RTSも国際原油価格にリンクして推移する傾向が強い。その相関係数は0.98とほぼ完全に連動する(4)

 
   

石油・天然ガス産業からの政府歳入は2012年の2,000億ドルから2016年には500億ドルと4分の1に激減する見通しとなっている(5)。資源価格が低空飛行を続けると,輸出収入も歳入も急減する構造だ。財政収支は赤字転落し,対国内総生産(GDP)比4.4%と試算される。1バレル50ドルでも対GDP比3%と財政赤字となる(6)

ロシアの年金受給者は人口の3分の1を占めるが,2030年には現役世代が100万人減少して,年金受給者と現役世代が同数になるという(7)。ロシア社会の高齢化が一段と進行する格好だ。経済の停滞が5〜6年間続くと,プーチン政権時代の蓄積がすべて喪失してしまう。その後に社会不安が襲来することは当然の帰結である。

歳出削減と国営企業の民営化で穴埋めできるかどうか。1バレル40ドルの価格水準が続けば,2016年の実質経済成長率はマイナス0.2%に沈む(8)。景気はまだ底を打っていない。

オイルマネーやガスマネーの流入は途絶え,石油企業もガス企業も低収入に喘ぐ。ロシアの石油企業やガス企業が得意としてきた欧州市場はすでに飽和状態。アジア太平洋市場を開拓しないと生き残れないが,需要不足で新規の市場開拓は立ち往生している。苦悩するロシアの石油産業と天然ガス産業を浮き彫りにしたい。

 
 
   

従来,ロシアを代表する油田地帯といえば,西シベリアであった。その事実は不動だが,西シベリアの油田は老朽化が著しい。一刻も早く新規油田を開拓しないと,ロシアの石油産業は衰退の一途をたどってしまう。

確かにロシアの産油量は2016年1月に日量1,091万バレルとソ連邦崩壊後最大を記録した。だが,この産油量を維持するには追加投資が要請される。日量100万バレル規模の増産計画はあるものの,その実現は疑わしい。

さらに,新規油田の開発・生産には資金と技術が不可欠。東シベリアの油田地帯は陸上だが,将来的に有望と見込まれる北極圏(9)の油田開発には外資系企業の資金と技術力が必要だ。ところが,経済制裁が足かせとなって次のステップへと進めないでいる。米系国際石油資本(メジャー)はもちろんのこと,欧州系の石油資本もロシアから撤退した。経済制裁が解除されない限り,新規油田の開発に着手できない。

東シベリアの油田開発は徐々に進展し,東シベリア太平洋パイプライン(ESPO)でロシア極東のコズミノ港から輸出されている。このESPO(エスポ)原油は品質の高い軽質油で,2〜3日で日本をはじめ,東アジア諸国に向かう。サハリン産の原油も大型タンカーで出荷されてきている。割増金(プレミアム)が拡大してエスポ原油の割高感は強まっているが,日本の原油輸入に占めるロシア産原油の割合は9%に達するようになった(図表参照)。

サハリンでは外資系石油会社がプレゼンスを誇示する一方,東シベリアではロシア石油最大手の国営ロスネフチが主導する。

 
 
 日本のロシア産原油輸入量
 
 
(出所) 『日本経済新聞』2016年3月15日号。

(1) Financial Times, May 14, 15, 2016.

(2)『日本経済新聞』2016年7月5日号。

(3) Financial Times, April 8, 2016.

(4)『日本経済新聞』2016年4月12日号。

(5) Financial Times, March 24, 2016.

(6) Financial Times, April 20, 2016.

(7) Financial Times, April 8, 2016.

(8)『日本経済新聞』2016年5月9日号。

(9) 米国地質研究所の調査によると,北極海には原油900億バレル,

    天然ガス1,669兆立方フィートが埋蔵されるという(『日本経済新聞』2016年4月21日号)。

 


  

  前回(「第3回 凋落する石油王国・サウジアラビア(2)」)はこちら

「第2回 凋落する石油王国・サウジアラビア(1)」はこちら

「第1回 原価価格変動の新メカニズム」はこちら
   
 







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