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トルコショックと新興国リスク


        大阪商業大学総合経営学部教授・経済学博士・中津孝司
 




  

   

試練。米国株が史上最高値圏を舞う反面,新興国からはマネーが流出。逃避した資金が米国市場に一極集中している結果である。確かに米国経済は大型減税と財政出動のおかげで絶好調のさなかにあるが,これは選挙を意識した,政治的に演出された好景気に過ぎない。

だが一方で,米国民は多額の住宅・マイカー・学生ローンを抱え込む。付言すれば,中国も個人,企業の双方が借金地獄に陥っている。金利が引き上げられ,景気刺激策の効果が一巡した瞬間,宴は終演を迎える。米国経済が転換点に直面したそのとき,世界経済全体にその悪影響が波及する。世界各国は米国経済の下降局面に身構えなければならない寸前にある。

 
   

そもそもトルコリラを含めて,新興国の通貨が軒並み売り込まれた,コンテイジョン(伝染)の原因は米連邦準備理事会(FRB)による金融政策の正常化にある。世界金融危機の震源地は例のリーマン・ショックにあったが,米金融当局のFRBはいち早く量的金融緩和に終止符を打ち,徐々に金利を引き上げて,金融政策の正常化に踏み切った。

米ドルの相対的な価値が高まると,投資家は金利の高い米ドルに資金をシフトさせる。反面,金利を伴わない貴金属や新興国からは資金が引き揚げられ,米国の金融市場を目指す。その結果が米ドル高・新興国通貨安である。通例,米ドル高局面では国際商品価格は下がる。

トルコリラの場合,新興国リスクと米国との外交対立(米国人牧師の拘束問題,米政府が対トルコ経済制裁を実施)が重なった。当然,リラは急落に見舞われ,過去最安値圏から抜け出せない。代表的株価指数BIST100にも売り圧力がかかり,株安にも歯止めがかからない。トルコをはじめ,新興国は経常赤字を抱える。外貨準備金も十分でないケースが多い。外貨建て債務の返済負担は否応なく膨らむ。

トルコ経常赤字の対国内総生産(GDP)比は2017年実績で5.5%と高水準,外貨準備金は1,029億ドルと輸入の5カ月分程度にとどまる(1)。一方で,対外債務は4,667億ドルと対GDP比54.9%に達する(2)。このうち民間部門の対外債務は3,251億ドル(うち返済期限1年未満の短期債務は981億ドル)と債務総額の70%を占める。

外貨準備金を原資とする米ドル売り・リラ買いの介入余力は乏しい。通貨防衛目的で利上げに踏み切ると(トルコ中央銀行は2018年9月13日,政策金利を年17.75%から24%に引き上げている(3)),景気悪化の引き金となる。投機筋は経済の脆弱性に着目,新興国通貨売りを仕掛ける。1990年代末期に顕在化したアジア通貨危機もロシアのルーブル危機も同様の構図だ。新興国経済は通貨安に耐える体力を備えているか。

リラが急落したトルコでは輸入インフレが加速,景気悪化が問題視されるようになった。トルコリラ安は一時,ユーロ安も招いた。スペイン(2018年3月時点で809億ドル),フランス(351億ドル),イタリア(185億ドル)など南欧諸国がトルコ向け与信を保有するからだ(4)。食料品から原材料まで輸入に依存するトルコでは,リラ安で輸入コストが急上昇。物価上昇はトルコ国民全体を苦しめる。

事実,2018年8月の消費者物価指数(CPI)は対前年同月比17.9%増と同年4月の10%台から拡大したことを背景に,小売売上高の伸びが鈍化している(5)。消費者は物価上昇局面では消費を手控える。公表された統計数値を見ると,トルコの2018年経済成長率が2017年の7.4%から3.9%に降下し,2019年になると,マイナス転換すると予想されている(6)

通貨安のメリットは輸出を刺激するところにある。円安が株高に直結することは経験則で良く知られている。しかし,トルコの場合は様子が異なる。原材料や基幹部品を輸入に頼るトルコでは,輸出刺激の前段階で調達コストが上昇する。結果,企業経営を圧迫してしまう。

  
 
(出所)『日本経済新聞』2018年8月12日号。
(注)対米ドル,2018年初=100として指数化

 
   

トルコ経済の変調は日系企業と無関係ではない。親日国トルコには国内市場を標的とする,ダイドーグループHDや日本たばこ産業(JT)など消費財メーカーが進出,欧州向け輸出の生産拠点(トヨタ自動車,ホンダ,いすゞなど)としての機能も併せ持つ。

トルコは中東,アフリカ,中央アジア,欧州の結節点にある。文字通り,地政学的要衝地に位置する。トルコのエルドアン大統領はオスマン帝国の栄華を意識,帝国再興を夢見ているようだ。トルコの安定は当該国だけでなく,周辺地域にとっても重要度は高い。内戦や対立が続くシリア,イラクとの国境線は計1,200キロメートルにも及ぶ。過激派組織・イスラム国(IS)掃討作戦でトルコは中核的な役目を果たしてきた。

英国の欧州連合(EU)離脱観測でエルドアン政権はEU加盟を断念したように見受けられる。トルコは近代化以降,EU加盟を切望,標榜してきたが,キリスト教文化圏のEU側はイスラム教国のトルコ加盟に難色を示してきた経緯がある。それでも,トルコは北大西洋条約機構(NATO)には加盟,欧米世界の安全保障を支える役割を担う。EU域内には700万人のトルコ系住民が暮らす(7)

エルドアン政権とトランプ米政権との政治的衝突は収束する兆しがないものの,トルコ,米国の両国は軍事協力を推進することでは一致する。クルド系勢力を重視するワシントンには反発する一方,シリアのアサド政権打倒で両国は歩調を合わせ,アンカラは南部インジルリク空軍基地を米空軍に提供。米側はインジルリク空軍基地を拠点にIS空爆を実施してきた。トランプ政権は最新鋭ステルス戦闘機F35のトルコ売却を禁じたけれども,トルコが米国の軍事同盟国であることに間違いはない。

トルコ接近を画策するのがNATOの仮想敵国ロシア。モスクワはトルコに地対空ミサイルシステムを売り込み,関係を深めたい。トルコがNATOを離反すると,NATOの対ロシア防衛力を弱めてしまう。シリアをめぐっても北西部イドリブ県に幅15〜20キロメートルに及ぶ非武装地帯(DMZ)を設置することでエルドアン大統領とプーチン大統領の間で合意している。そこにはトルコとロシアの軍隊が展開,治安維持に努める(8)。資金不足に喘ぐトルコは巨額融資目的で中国にも擦り寄る(9)

地政学上の均衡が崩れることを警戒する,ドイツのメルケル首相はトルコを支援する方針を言明,シリア難民の欧州流入でトルコの協力が不可欠であることを物語る。フランスのマクロン大統領はトルコとの貿易拡大を約束している。

他方,カタールのタミム首長はアンカラを訪問,150億ドルの直接投資を表明した。資金は通貨や金融機関の安定向けだという(10)。さらに,カタール中央銀行はトルコ中銀と通貨スワップ協定を締結,トルコの通貨防衛を支える姿勢を鮮明にしている(11)。サウジアラビア,アラブ首長国連邦(UAE)など4カ国がイランと関係が緊密なカタールと断行,経済封鎖に踏み切ったが,トルコはカタール支援を強化していた。

強権体制を貫徹するエルドアン政権ではあるが,大型プロジェクトを凍結するなど,政策変更を余儀なくされている。財政刺激策を採用できないのみならず,通貨安懸念で金融緩和も選択できない。政策余地は乏しく,経済は疲弊をきわめる。この限界をいかにして突破するか。困難な経済課題に取り組まなければならない。

エルドアン一族は2016年に勃発したクーデター未遂事件を口実に,多数の企業,メディア,金融などを支配下に置いた。事実上の接収である。ここに諸悪の根源があることを忘れてはなるまい(12)

 

(1) 『日本経済新聞』2018年8月12日号。

(2) 『日本経済新聞』2018年8月15日号。

(3) 『日本経済新聞』2018年9月14日号。『日本経済新聞』2018年9月15日号。

     Financial Times, September 14, 2018.

(4) 『日本経済新聞』2018年8月14日号。

(5) 『日本経済新聞』2018年9月11日号。Financial Times, September 3, 2018.

(6) 『日本経済新聞』2018年8月29日号。

(7) 『日本経済新聞』2018年8月19日号。

(8) 『日本経済新聞』2018年9月18日号。『日本経済新聞』2018年9月19日号。

     Financial Times, September 18.

(9)  Financial Times, August 13, 2018.

(10) 『日本経済新聞』2018年8月16日号。

(11) 『日本経済新聞』2018年8月20日号。

(12)  Financial Times, August 18, 19, 2018.

 


  

前回(「第1回 急減速する中国経済の憂鬱」)はこちら
   
 







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