はじめに
第一は,情報の信頼性を考えることの出来る判断力である。判断力は,さまざまな知識を習得し,みずからの頭で考えることによって培われる。そして,歴史を学ぶ時に必要とされる判断素材は,その事実を裏付ける「史料」である。歴史研究の多くは「文字史料」に基づいているが,発掘された遺跡・絵画・建築物などさまざまなことがらから,わたしたちは歴史を学ぶことができる。新たな史料は常に発掘され,従来は「正しい」とされてきた通念がくつがえされることもある。このような観点から,本書においてはなるべく「史料」,あるいは豊富な史料を紹介している書籍を紹介したい。ただし,「なぜその史料を手に取ることができるのか」といった史料批判を同時におこなうことも重要である。
第二は,わたしたちの身近なものと歴史とのつながりを知ることである。単なる,個別の知識を得るのでは無く,体系的に知識を習得することである。それによって,学んだことが生きてくる。いま,あなたの前にあるもの,何でも構わない。たとえば,スマートフォンはどのようにしてつくられてきたのか。いま,あなたが何気なく手にしているものは,多くのひとびとの創造の上に成り立っている。
第三は,ものごとを考えるきっかけである。インターネットで検索すれば,多くの情報が得られる社会ではあるが,まず「携帯電話はなぜ作られたのか」という問いかけが存在しなければ,知識の広がりは生まれない。そのためには,ある程度の基礎的知識が必要とされる。
経済史の基礎的な知識を学ぶことは,少し回り道に見えることがあっても,現代社会を考える上での重要な土台となる。未知であった領域を知ることは,本来楽しい作業である。自分の頭で考えることをしなければ,インターネットと切り離されたときに何もできなくなってしまうだろう。そのようなことがないように,ぜひ,楽しみながらいろいろな出来事について考えてもらいたいと願っている。
本書は,編年形式を採らずにテーマ学習ができるように編集した。どこからでも読み進めていただけることと思う。そのうえで,書かれている時代を把握するために,人物や出来事に西暦を付すことを心掛けた。また,各章の末尾には内容理解のための「考えてみよう」3 題と,「さらなる学習のために」推薦する3冊を付した。
詳細目次
1.経済史を学ぶ意味―身近なところから考えてみよう/2.経済史研究のいま/3.グローバル・ヒストリーと経済史
1.人口統計とその理論/2.世界人口の変遷/3.歴史人口学
1.中世ヨーロッパの農村世界の始まり/2.荘園制と農村社会/3.中世ヨーロッパの農業技術
1.ヨーロッパにおける都市の成立/2.中世ヨーロッパ都市の住人たち/3.中世イスラーム圏の都市
1.宗教と経済活動との関わり/2.三大宗教と経済/3.生活の中の宗教
1.中国の経済と思想/2.中国における製鉄の歴史と技術/3.「天工」を「開物」する
1.貨幣の歴史/2.貨幣の発行/3.貨幣とは何か
1.中世中国の経済発展と海洋貿易/2.ポルトガルの海外進出/3.スペインの海外進出
1.イギリス産業革命の始まり/2.産業の展開/3.イギリス産業革命の概略
1.労働集約と物質循環の江戸時代/2.明治維新と鉱工業の発展/3.鉱工業の発展と農業・漁業・林業の関係
1.植民地時代/2.独立後の経済発展/3.南北戦争と工業化への道
1.技術・武器の開発/2.第2次世界大戦:レーダーと原子力爆弾/3.戦争において重要だったもの―食糧
1.疫病は歴史的にどのような影響をわれわれの社会と経済にもたらしてきたか/2.国家や都市の壊滅と疾病/3.日本の場合
1.資本主義の問題点―産業革命がもたらした19世紀イギリスの闇/2.社会主義の理想― 19世紀のヨーロッパにおける経済学者たちの闘い/3.社会主義の現実― 20 世紀におけるソ連の結成・発展・解体
1.これからのぞまれる経済社会とは/2.情報化と産業化の歴史/3.わたしたちの暮らしの変化
著者情報
編著者
髙橋美由紀(立正大学経済学部教授)
著 者
平伊佐雄(立正大学経済学部准教授)
田中有紀(東京大学東洋文化研究所准教授)
芳賀和樹(東京大学大学院農学生命科学研究科助教)
水野里香(立正大学・横浜国立大学非常勤講師)
小沢佳史(立正大学経済学部専任講師)
髙橋美由紀[編著]
何を学んでもらうか,ということで苦労してきたのが,学生による既習科目・知識の相違である。経済史はもちろん大学に入学してから学ぶ科目ではあるが,学生の中に日本史を多く学んできた者とそうでない者,世界史を多く学んできた者とそうでない者が混在し,知識レベルにかなりの差が存在する。そこで,本テキストでは基本的な内容を主軸としつつ,知識のある方にも関心を持っていただけるよう,編年形式ではなくある程度時系列に沿いつつもテーマ学習的な構成としてトピック的な事項も盛り込んだつもりである。また,理解を深めるために図も多く挿入した。2022 年4月からは高校1年生で歴史総合が必修となったことから,今後一定の知識レベルの共有が図れることを期待している。(あとがきより)