連合王国(グレート・ブリテン)解体の危機
英国北部にあるスコットランドが2014年に実施された住民投票で英国からの独立を思いとどまった大前提条件は,英国がEUの加盟国であることだ。英国がEUから離脱する事態となれば,スコットランドは再び英国から独立する道を模索するようになるだろう。
スコットランド行政府のスタージョン首相はスコットランドがEUにとどまる方針を言明,EU当局に単一市場への確保を訴えている。もちろんEU側はスコットランドのEU残留には慎重な姿勢を崩していない。あくまでも英国政府との交渉を優先する方針に徹している。
また,スコットランドが首尾良く英国からの独立を果たしても,EUに加盟し続けることができるかどうかの保障はない。スコットランド企業にとっても通貨ポンドを共有できる英国市場を最優先するだろう。加えて,スコットランドの最大取引先は英国であり(2014年実績で490億ポンド),最大輸出国は米国である(同じく40億ポンド)(4)。現実を直視すれば,安易な独立はスコットランドにとっても得策ではない。
スコットランドには英国で唯一の核兵器基地がある(5)。スコットランドが英国から独立すれば,英国の安全保障は格段に低下する。
連合王国の一角を占める北アイルランドが隣国アイルランドとの国家統合へと舵を切るかもしれない。
そうなると,残されるのはイングランドとウェールズのみ。さらに驚くことに,首都ロンドンが英国から独立する動きにまで発展している。こうなると,連合王国は事実上,解体されてしまう。当然,英国の国際的地位は地に落ちる。
英国の景気後退
眼前に広がる光景が通貨ポンドの急落。国民投票直後,開票が進むにつれて,ポンドは叩き売られた。ポンドは31年ぶりの安値圏に沈んでいる。ポンドの下落がユーロ安を誘発し,安全資産の日本円,スイスフラン,金(ゴールド)に資金が大量流入した。
スイス国立銀行(中央銀行)は躊躇なく為替介入に踏み切った。急激な円高を嫌気して,東京証券取引所で売買される日本株が売り浴びせられたことは記憶に新しい。その後も円高懸念は払拭されていない。日欧米の株式市場では金融株が格好の売り対象となった。世に言う,暗黒の金曜日である。
ポンドの下落が意味することはEU離脱後の英国経済の先行き不透明感,不確実性の高まり,景気後退懸念である。特に,不動産市況の悪化懸念が高まっていることを示唆している。商業用不動産に投資されてきた外国資金が引き揚げられると,不動産価格は急落する。金融機関の不良債権が急増して,信用収縮を招いてしまう。不動産市場の停滞は建設活動に悪影響を及ぼす。英国を取り巻く経済環境が大幅に変化わけだから,経済調整の局面を迎えるのは当然の帰結だろう。
景気後退に陥ってしまうと,否応なく失業者が増え,所得が減少する。そうなると,債務の返済が滞ってしまう。これもまた金融機関の不良債権が増大する原因となる。
ポンド安が定着すると,英国経済は輸入インフレに見舞われ,物価が高騰する。インフレを阻止すべく,イングランド銀行(中央銀行)が利上げを余儀なくされれば,金利が上昇して資金調達コストが跳ね上がる。
企業や金融機関の事業活動が停滞することから,英国政府の税収入は激減。市民サービスが低下し,結局,一般市民の日常生活に支障が生じる。離脱派が主張してきた英国社会は決して実現しない。財政赤字と経常赤字が増えることで,英国は対外借り入れを増やさなければならなくなる。これが新たなポンド安を誘発する。
外資系企業・金融機関だけでなく,英国企業も英国からの逃げ足を速め,英国経済は完全に空洞化してしまう。高度なスキルを備え持った優秀な人材ほど英国の経済社会を見限り,脱出するだろう。当然,資金も流出する。
不動産価格の大暴落しでゴーストタウンが続出するだろう。実際,不動産を投資対象とする不動産投資信託(REIT)の指数が国民投票後に急落。投資家は景気悪化に身構えている。英国がEUを離脱することになれば,金融機関や法律事務所,それにコンサルタント会社などが英国外に流出する懸念で,英REITから資金が流出したことを物語っている。
英国の経済規模は縮小の一途をたどり,英国病が再発する可能性すらある。
このような先行き懸念を背景に,政府も中央銀行も対策を打ち出している。中央銀行が銀行規制の強化を凍結する一方,オズボーン前財務相は法人税率を現行の20%から15%以下に引き下げる方針を明らかにしている。欧州での最低水準はアイルランドの12.5%であることから,この水準に近づくことになる(6)。
無論,法人税率を引き下げたからといって,状況が好転するとは限らない。必要な対策は適切な財政政策と金融政策である。社会保険料の負担を軽減し,付加価値税(VAT)率を引き下げる措置は不可欠だろう。政府が住宅建設の先頭に立ち,建設部門,不動産部門をてこ入れすることも必要である。金融緩和も同時進行させなければならないことは言うまでもない。イングランド銀行のマーク・カーニー総裁は金融緩和策を示唆している。
国際金融街シティーの凋落
首都ロンドンにあるシティーは米ニューヨークのウォール街とともに,グローバル金融のハブとしての重要な役割を演じている。外国為替取引全体の4割を占有する。また,国際債券の発行で群を抜く。ここでは世界各国から銀行家,投資家,コンサルタント,建築家,ソフトウエア開発者といった高度なスキルを持ち合わせた人材が集積する。シティーはニューヨークと2強の構図を形成してきた。
シングル・パスポート制度(英国で金融業の免許があれば,EU全域で通用)の下,世界の金融機関がシティーに集積する。しかし,EU離脱となれば,状況は一変。EUを離脱した英国のロンドンでユーロの決済業務を実施すると論理矛盾に陥ってしまう。決済地の変更は余儀なくされるだろう。
当然,シングル・パスポートは通用しなくなる。業務移管のために金融機関が欧州大陸へと大量流出すれば,シティーの国際金融機能は損なわれてしまう。シティーの地盤沈下は避けられない。金融立国を標榜した英国の戦略は曲がり角を迎える。
シティーが地盤沈下する一方,欧州中央銀行(ECB)があるドイツのフランクフルトや英語圏という強みを備えるアイルランドのダブリンが浮上してくるかもしれない。それでも総合力が分散されることから,ニューヨーク1強が際立つ公算が大きくなる。
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