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北方領土は永遠に戻ってこない


        大阪商業大学総合経営学部教授・経済学博士・中津孝司
 




  

 
   

相も変わらず,日本は中国,北朝鮮,ロシアの核兵器に包囲され続けている。発射される核爆弾が日本の領土に着弾する懸念は一向に払拭されていない。日米安全保障条約が歯止めの役割を演じる構図にいささかの変化もない。にもかかわらず,韓国政府は北朝鮮に微笑外交を繰り広げる。ウクライナ領クリミア半島を武力で強奪したロシアと共産党一党独裁体制を貫徹する中国は対北朝鮮制裁を緩和・解除せよと声高に叫ぶ。

韓国には米軍が駐留するものの,北東アジア地域で日本が中国,朝鮮半島,ロシアと対決していかざるを得ない客観的状況が創出されている。日本を取り巻く環境は一層,厳しさを増していると言わざるを得ない。このような国際環境を無視して,安倍政権はプーチン政権と良好な関係を演出することに余念がない。安部政権の対ロシア外交政策は明らかに間違っている。

 
   

古くから連綿と続く日本の「ものづくり」の精神が今日の技術大国,経済大国の基盤となっている。市場経済,資本主義経済の果実を享受する一方,日本国民はこれに安住しない。試行錯誤,創意工夫を重ねる努力を決して怠らない。現状に満足せず,常に良質を目指す。単なる金儲けに埋没しない潔癖さが日本の「ものづくり」精神の根底にある。

この粘り強さを欠く国が日本製品を模倣しようとする。謙虚に学ぼうとせず,盗み出そうと躍起になる。ロシアも同様だ。日本とロシアで共同経済活動を展開すると綺麗ごとを並べ立てても,現実にはロシア側は何もできない。温室すら作ろうとしないロシアを相手に日本企業が悪戦苦闘することは間違いがない。

安倍政権は日本主導の経済協力を積み上げていけば,やがては信頼関係が醸成され,北方領土が返還される素地になると吹聴する。だが,ロシア側は経済協力と領土問題を切り離す。モスクワは北方四島(択捉・国後・色丹・歯舞)を第2次世界大戦の戦利品と位置付ける。固有の領土,古来の領土という発想はロシアに通用しない。領土は武力で拡大するもの,できるものと思い込んでいる。ロシアにとって武力のみが領土拡大の手段となる。何よりもロシアが積極的に北方領土問題を解決しなければならない事情が見当たらない。

2018年9月上旬,ウラジオストクで開催された東方経済フォーラムの壇上で,プーチン大統領は2018年中に日本との間で平和条約を締結しようと安倍首相に呼びかけ,物議を醸した。領土問題を棚上げにして,平和条約を締結し,日本からの投資を呼び込みたい魂胆だ。これがプーチン大統領の本音である。フォーラムの席上では「今頭に浮かんだ考えだ」と語ったが,プーチン大統領に北方領土を返還する意思は微塵もない。

目下,プーチン大統領と習近平国家主席は米国対抗軸を構築しようと結託している。2018年9月中旬,ロシア軍は極東やシベリアを舞台として,過去最大規模の軍事演習・ボストーク(東方の意)2018を実施,中国人民解放軍も参加した(1)。明らかに日米両国,ことにワシントンを牽制する方針であることがわかる。ロシアは制裁,中国は貿易戦争でそれぞれ米国と鋭く対立している。ロシア軍はボストーク2018の直前,地中海でも大規模な軍事演習を実施している(2)。これはシリア内戦に介入する米国を牽制する狙いである。

日米安保条約で結びつく日本と米国を分断することでも中露両国の思惑は一致する。日本政府はこの中露枢軸に楔を打ち込む戦略を講じなければならない。無責任にも日本企業を巻き込んで経済協力を先行させるのではなく,政府レベルで対露軍事協力を優先し,外交・軍事部門に力点を置く戦略を行使すべきである。ここにインド,オーストラリアからの協力も得て,中国・北朝鮮包囲網を構築していくことこそ肝要と考える。これは北朝鮮の逃げ場を防ぐ道でもある。

 
 
北方四島
 
 
(出所)『日本経済新聞』2018年9月11日号。

 
   

今のロシアでは問題が山積して,身動きが取れない状況となっている。クリミア半島争奪の懲罰として,欧米社会から制裁が突きつけられている。クレムリン(ロシア大統領府)がクリミア半島をウクライナに返還しない限り,制裁が解除されることはない。

ロシアからはマネーが流出,通貨ルーブル売りに拍車がかかると同時に,株安,債券安も同時進行する。ロシア中央銀行は主要政策金利を7.50%に引き上げたけれども,ルーブル相場は安値圏から脱却できず,2018年10月時点でも1米ドル66ルーブル前後で推移する(3)

ロシア経済は依然として脆弱で,事実上の金融危機に見舞われている。2018年第1・四半期の経済成長率は僅か1.3%,同第2・四半期は1.9%に留まり,プーチン政権最後の年となる2024年の経済見通しでも1.5%と予想されている。ソ連邦時代のブレジネフ長期政権以来の経済停滞で,その原因の一つがロシア政府による執拗な企業家に対する嫌がらせや逮捕だとする見解もある。経済犯罪も後を絶たない(4)

加えて,ここにきて年金問題が噴出してきた。低成長に喘ぐロシアにとって,構造問題にメスを入れることは当然の取り組みである。年金問題もその中の一つ。ロシアでも少子高齢化が進行,労働人口が減少する一方,引退する高齢者が激増し,年金支給のための財源確保が課題となっている。

ところが,ロシア政府側が国民に提示した年金改革案(受給開始年齢を2019年から段階的に引き上げ,女性は55歳から63歳,男性は60歳から65歳に引き上げ)が不評で,支持率が急降下。国民の反発で3人の現職知事が敗北に追い込まれた(5)。ロシア政府はやむなく女性の受給開始年齢を政府案の63歳から60歳に下方修正した(6)

また,ロシア政府は金属・鉱業に対して75億ドルの増税を検討しているとされる(7)。制裁が原因で財政が悪化していることに危機感を抱いている証左である。

北海道北部に広がるサハリン。ここでロシア国営石油最大手ロスネフチが関与する国際資源開発プロジェクトの「サハリン1」が展開されている。米系国際石油資本(メジャー)・エクソンモービルの子会社と日本の官民が出資するサハリン石油ガス開発(SODECO)が30%ずつ,インド石油天然ガス公社(ONGC)が20%,ロスネフチの子会社2社が20%の権益を保有する。この共同事業をめぐって,ロスネフチ側が参加企業5社に対して提訴,5社側は2億3,000万ドルを支払うことになった(8)。また,ロシアは北方領土で軍事演習を繰り返す。

ロシア政府は日本に好意的なシグナルを一切送っていない。友好ムードも信頼関係も醸成されていないのである。日本はこの現実を直視し,ロシアを戦略的に利用する外交姿勢に一刻も早く転換していくべきだろう。日本の国益は損なわれていく一方である。

 

(1) 『日本経済新聞』2018年8月30日号。Financial Times, September 11, 2018.

     Financial Times, September 12, 2018.

(2) 『日本経済新聞』2018年8月31日号。

(3) 『日本経済新聞』2018年10月9日号。

(4)  Financial Times, August 10, 2018.『日本経済新聞』2018年9月12日号。

(5)  Financial Times, September 25, 2018.『日本経済新聞』2018年10月3日号。

(6) 『日本経済新聞』2018年8月30日号。Financial Times, August 30, 2018.

(7)  Financial Times, August 11, 12, 2018

(8) 『日本経済新聞』2018年9月29日号。

 


  

前回(「第2回 トルコショックと新興国リスク」)はこちら
   
 







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