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国際原油市場の政治経済学

大阪商業大学総合経営学部教授・経済学博士・中津孝司
経済体制の制度設計やルールは政治で決まる。経済の動向や現象を操るのもまた政治が決定打となる。その政策次第で経済が浮沈する。したがって,当該国民による政治指導者の選抜は経済的診断を基準とせざるを得ない。景気が良ければ,続投となるし,悪ければ,即刻,政治家の首が飛ぶ。
英国の欧州連合(EU)離脱問題もフランスの燃料税引き上げ問題も結局は,当該国民の審判に帰着している。自由貿易を冒涜する無謀な関税率引き上げが米国経済の繁栄を保障するのか。外国人労働者の受け入れ拡大策が日本経済の真の成長に役立つのか。外国企業による無闇な対日投資が成長を牽引するのか。成長の果実が日本国民の生活水準向上に反映されるのか。政治指導者の判断は当該国の命運を左右する。
石油輸出国機構(OPEC)は有力産油国による政治的意思決定の産物だが,その石油政策は消費国に多大な影響を及ぼす。これに圧力をかけるべく,政治家が口先介入することが吉と出るのか,凶と出るのか。市場がその解答を提示する。政治家による市場への介入は失敗することが多い。政治家の判断よりも市場のほうが能力的に優れているからだ。

1.カタール脱退の衝撃

傍若無人ぶりを発揮してきたサウジアラビアのムハンマド皇太子。サルマン国王の世間知らずの息子は正しい方向にサウジアラビアを導いていると勘違いしている。巨大新都市建設プロジェクトでも優先的に建設されているのはムハンマド皇太子の宮殿。ここに世界屈指の投資家が群がる。スーパーリッチは常に貪欲だ。
ムハンマド皇太子は隣国イエメンの内戦に軍事介入し,子供の飢餓と餓死を生み出した。衛生テレビ局アルジャズィーラが本拠地とするカタールには絶縁状を突きつけて,外交関係を遮断。経済封鎖に追い込んだ。アルジャズィーラは歯に衣着せぬ論調でサウジアラビアの王室を批判してきたことで知られる。
ワシントンは宿敵イランを退治すべく,ペルシャ湾岸産油国を全面支援,中東戦略の拠点に仕立て上げてきた。ことにサウジアラビアとの関係は深い。現大統領初の外遊先はサウジアラビアだった。不動産取引でも個人的に繋がっている。同盟国イスラエルとともに,イランに軍事的圧力を加える。あわせて,サウジアラビアはイランとの覇権争いに興じる。
現大統領の望みの綱がユダヤロビーとキリスト教福音派。米国大統領の頭には打算しかない。崇高な理想や価値観は微塵もない。米国史上,最も卑しい大統領である。ゆえに愚かな口先介入を繰り返す。
2018年12月3日,カタールは2019年1月にOPECを脱退する方針を明言した。経済封鎖を主導したサウジアラビアに決別を通告したのである。カタールはOPEC非加盟有力産油国のロシアも巻き込んだ,産油量のいわゆる協調減産を実現に導いた立役者である。この減産が奏功して,国際原油価格が上昇基調に転じたことは記憶に新しい。
カタールのOPEC全体に占める産油量は2%弱に過ぎない(1)。だが,カタールがその本領を発揮できる分野は天然ガス産業である。潤沢な埋蔵量を背景に,周辺諸国にはパイプラインで天然ガスを供給する一方,液化天然ガス(LNG)事業にもいち早く取り組んできた。その結果,カタールのLNG生産量は現在,年間7,700万トンに増強されている。近い将来,その生産量は43%増の同1億1,000万トンに拡充される見通しとなっている。世界規模で旺盛なLNG需要に応答する布石となる(2)。 カタールの脱退でOPECは一段と弱体化するが,カタール当局は天然ガス産業を機軸とするエネルギー政策に転換する構えでいる。目下,天然ガス価格は原油価格に連動する傾向が顕著だけれども,スポット(随時契約)取引が積み上がれば,その呪縛から解放される可能性が高い。
アラブ産油国によるカタール経済封鎖は,結果的にカタールのイラン接近を招いている。カタール沖海底には巨大天然ガス田・ノースフィールドが鎮座するが,イランの南パルス天然ガス田と繋がっている。カタールとイランが関係を深めるのは当然の帰結なのかもしれない。

2.空中分解の危機に瀕するOPEC

OPEC創設の動機は価格カルテルの結成にあった。この目的はほぼ達成され,国際原油市場を自由自在に操るに至った。しかし,その一方で原油価格は市場原理に基づいて推移する。需要が旺盛で供給量が渋りこまれると,価格は跳ね上がるが,逆に,需要が減退して供給量が増えれば,価格は急落する。
産油国がすべてOPEC加盟国であれば,価格カルテルは有効に機能するが,現実の世界ではOPECに加盟していない産油国が多い。世界原油生産量に占めるOPECのシェアは40%程度にとどまる。OPEC非加盟産油国の代表国はロシアだが,反米国家のロシアはOPECの石油政策に一定の理解を示す。政治的計算が働いている。
2018年12月7日,ロシアなどOPEC非加盟産油国と日量120万バレルの減産で合意した(3)。この合意を受けて,下落基調にあった国際原油価格は上昇に転じた。市場は供給量の抑制が需給バランスに影響を及ぼすと判断した。産油国による価格カルテルが機能したことを示唆する。
だが,カルテルが機能するためには,参加国による結束が前提条件となる。結束が揺らぐと,カルテルは機能しない。また,カルテルの部外者からの圧力や外部環境が急変すると,結束に亀裂が入ることもある。
サウジアラビア王室は例のジャマル・カショギ記者殺害事件で国際的信用を喪失した。早くもワシントンがサウジアラビア批判のトーンを上げている。サウジアラビアと米国の同盟関係に傷がつくと,困るのはサウジアラビア側である。窮地に陥ったサウジアラビアはロシアに泣きつき,協調減産が実現した。
しかしながら,この協調減産には大きな懸念材料がある。それは産油国が一丸となって減産を実行するかという本質的な問題である。これには一種の「囚人のジレンマ」的な葛藤が常に横たわる。
OPEC加盟国が互いに減産を順守するかどうかという疑念を抱くと,減産を実行しなくなる。実際,減産を主導するのはサウジアラビアであり,他の産油国は減産に熱心でない。サウジアラビアにとって減産の経済的メリットは乏しい。原油価格が上昇に転じても,サウジアラビアはその恩恵を享受できないとなると,OPECを主導する経済的意義が薄れる。
サウジアラビアがもはやOPECは機能していないと認識したそのとき,OPEC解体論が巻き上がり,OPECはその歴史を閉じることとなる。サウジアラビアの政治指導者がOPECの政治的な意味を重視するか,経済的合理性を追求するかによって,OPEC存続の運命は左右される。カタールの脱退はOPEC解体の予兆なのかもしれない。
ワシントンは中国に貿易戦争を仕掛けている。この戦争は長期戦となりそうだ。他方,米現政権はいわゆるロシアゲート疑惑に追い詰められている。米国,ロシア,中国の3カ国が国際政治舞台の主要ファクターとして国際原油需給を刺激する。そうなると,産油国による協調減産の効力を弱めてしまう。価格カルテルが機能不全に陥り,国際原油価格に再度,下落圧力がかかると,OPEC不要論が勢いを増すことになるかもしれない。
米国ではオバマ政権時代のシェール革命が成功,米国の産油量が確実に拡大している。米エネルギー情報局(EIA)が2018年12月6日に公表した統計によると,米国の産油量は2018年に平均で日量1,090万バレル,2019年に同1,210万バレルに膨張すると予測している(4)。米国が世界最大の産油国に躍り出たと同時に,原油輸出量も日量320万バレルと過去最高を更新している。一方,米国の原油輸入量は急減,原油・石油製品の純輸入量は日量200万バレルにまで減少している(5)。日本の原油輸入量よりも少ない水準だ。
今や原油の供給サイドではサウジアラビア,ロシア,米国が主役を演じ,需要サイドでは中国とインドの需要状況,つまり景況感が重要視される局面を迎えている。その需給バランスが国際原油価格の動向を決定付けることになる。もちろん投機マネーの存在も軽視できない。投機マネーは政治と経済の双方を睨みながら,市場を揺さぶる。

(1)『日本経済新聞』2018年12月4日号。Financial Times, December 4, 2018.
(2)『日本経済新聞』2018年12月13日号。
(3)『日本経済新聞』2018年12月8日号。
(4)『日本経済新聞』2018年12月8日号。
(5)Financial Times, December 5, 2018.
前回(「第5回 中東世界で何が起こっているのか」)はこちら

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