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クレムリンの資源エネルギー戦略

大阪商業大学総合経営学部教授・経済学博士・中津孝司
 依然として生活水準の低いロシアだが、潤沢な原油と天然ガスの埋蔵量には恵まれる。国内需要を賄うだけでなく、余剰の原油、天然ガスを周辺国に大量輸出、供給する。その輸出収入がロシア財政の40%を支える。ロシアの産油量は今や日量1,100万バレルに達している。ロシア産原油・天然ガスの国際ネットワークが低迷をきわめるロシア経済の生命線としての役割を果たす。
 その具体的な担い手がロシア石油最大手の国営ロスネフチと天然ガス独占体のガスプロムである。ガスプロムは天然ガスの独占輸出権を誇示、輸出向けパイプラインを駆使して、周辺国、近隣諸国にそのネットワークを張り巡らせている。
 一方、ロスネフチはクレムリン(ロシア大統領府)、ロシア政府が描く資源エネルギー外交戦略に沿って、周到に国際展開する。輸出向けのパイプラインで欧州諸国や中国に原油を輸出することに加えて、遠く離れた東南アジアのベトナムや南米の反米左派国家ベネズエラで資源権益を取得、親ロシア国家の拡張を図る。
 クレムリンの外交戦略を観察するとき、ロスネフチとガスプロムの存在と活動は無視できない。ロスネフチとガスプロムはクレムリンと運命共同体を構築するとともに、国際資源戦略のエージェントとしての役割を担っている。

1.ガスプロムの対外戦略

 西シベリアに広がる天然ガス田から欧州諸国に向かって、複数の幹線パイプラインが陸上を走る。ベラルーシやウクライナに供給されると同時に、この両国を経由して、多数の欧州諸国にまで天然ガスパイプラインは伸びる。欧州天然ガス市場に占めるロシア産天然ガスのシェアは4割程度で、年間2,000億立方メートルの天然ガスを輸出している。安価な天然ガスを欧州諸国に販売、市場占有率の維持を優先する。
 ベラルーシやウクライナを迂回するルートを展開するには、海底に設置する以外に方策はない。
 これには二つのルートが浮上する。一つは黒海海底を通過して、トルコや南欧諸国に天然ガスを輸出する南回りルートである。トルコ向けとしては「ブルーストリーム」と命名された天然ガスパイプラインがすでに設置、稼動。あわせて、「トルコストリーム」と称されるパイプラインも建設されている。トルコを経由して、南欧諸国に天然ガスを供給するルートである。こうしたパイプラインが正常に稼動するためには、ロシアとトルコ両国の良好な国家関係が維持されていく必要がある。
 もう一つは北欧地域のバルト海海底に天然ガスパイプラインを建設する北回りルート、「ノルドストリーム」(総延長1,200キロメートル、年間能力550億立方メートル)である(1)。西シベリアの天然ガス田から伸びるパイプラインがサンクトペテルブルク近郊を通過、沿岸部からはドイツに直行する海底パイプラインが建設され、現在、稼働中である。
 そして今、「ノルドストリーム」と並走する「ノルドストリーム2」が新規に建設中である(2)。稼動すれば、北回りルートの天然ガス輸出能力は倍増される。総工費95億ユーロにのぼる大規模事業であるが、米国産液化天然ガス(LNG)を欧州諸国に売り込みたい米国政府は制裁のカードをちらつかせながら建設中止を迫る。だが、ドイツ政府に建設中断の選択肢はなく、いかにホワイトハウスが圧力を掛けようが、粛々と建設を継続していく構えでいる。
 国際社会からの孤立を深めるロシアが中国を軽視することはできない。旺盛な天然ガス需要が見込まれる中国経済を視野に、ロシアは中国にも天然ガス供給のネットワークを広げたい。そこでガスプロムは東シベリアの天然ガス田から伸びる天然ガスパイプライン「シベリアの力」を設置する事業計画を進めている。総延長3,000キロメートル、総工費550億ドルに達する。中国側の天然ガスパイプラインとリンクさせれば、ロシア産天然ガスの大量輸送が可能となる(3)
 こうした新規ルートの開発がガスプロムの輸出戦略であり、国際マーケティング戦略の一環であることは言うまでもない。ロシア国内のガス事業は採算度外視で営まれている関係上、天然ガスの輸出が収益構造の支柱となる。LNG輸出能力を強化していくプロジェクトも進展するが、パイプラインによる供給は面状に広がっていく。送ガス能力の拡充にはパイプラインの新規建設が欠かせない。これが直線的にガスプロムの収益力向上に寄与するからである。

2.ロスネフチの野望

 ロスネフチの主要輸出市場はガスプロムのそれと多くが重なるけれども、ロスネフチの国際戦略はガスプロムよりも野心的である。何よりもロスネフチのトップ、イーゴリ・セチン社長がプーチン大統領の盟友として知られる。勢い、ロスネフチの対外行動はクレムリン外交を体現することになる。
 石油輸出国機構(OPEC)の盟主サウジアラビアは産油国としてのロシアを無視できなくなっている。ロシアはOPECに加盟していない。OPECの中核国サウジアラビアとOPEC非加盟国のロシアが戦略的に急接近。サウジアラビアとロシアとが石油政策で歩調を合わせる場面が多くなった。
 ロスネフチは欧州諸国、中国を筆頭とするアジア市場に原油を輸出するだけでなく、積極的に対外展開を試みる。イラクではクルド自治州の油田開発に参画する。ベトナム沖で海底油田を開発する一方、ベネズエラでは国営石油会社PDVSAを全面支援。米国による対ベネズエラ制裁に反旗を翻す。
 案外、知られていないがベネズエラは世界最大の原油埋蔵量を誇る。これを担保にロスネフチはPDVSAに金融支援する。ロスネフチはベネズエラ沖海底に眠る天然ガス田の権益も取得している。プーチン政権が破綻寸前のベネズエラのマドゥーロ政権を支えることと無縁ではない。
 ロシアの周辺地域ではイタリア炭化水素公社ENIと共同で黒海の海底油田開発を始動している。川下戦略にも余念はない。ロスネフチはドイツの製油所の権益を獲得すると同時に、インドのエッサール・オイルを2017年に129億ドルで買収している(4)
 ロスネフチが数少ないロシアの友好国に進出していることがわかる。つまりロスネフチの企業行動を観察すると、クレムリン外交の優先順位が自ずと浮き彫りになってくる。

(1)Oil & Gas Journal, April 2018, p.72-73.
(2)Financial Times, August 31, 2018.
(3)Financial Times, April 4, 2018.
(4)Financial Times, December 21, 2017.
前回(「第7回 窮地に立つプーチン政権」)はこちら

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