『幻想の資本コスト経営』書評掲載

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ハイパーインフレの国・ベネズエラ

大阪商業大学総合経営学部教授・経済学博士・中津孝司
 物価上昇率1,000万%。国際通貨基金(IMF)はベネズエラのインフレ率が2018年に170万%,2019年には1,000万%に達すると予測する。もちろん,経済成長率はマイナスに沈み,2018年ではマイナス18%と推計,5年連続のマイナス成長を記録する。
 経済的破滅を眼の当たりにしたベネズエラ市民は祖国を見限り,人口の1割に匹敵する300万人の住民が故郷を去った(1)。政権交代がなければ,2019年中にはさらに200万人がベネズエラを脱出すると予測されている。
 ベネズエラ政府の対外債務残高は2017年末現在で1,056億ドル,ベネズエラ国債とベネズエラ国営石油会社PDVSA社債の元利払いは2019年で89億ドル,2020年を迎えると115億ドルに達する。他方,ベネズエラの外貨準備金は2019年1月末時点で84億ドルと危険水域にある(2)。ベネズエラ経済は事実上のデフォルト(債務不履行)状態,完全に破綻している。
 ベネズエラは原油確認埋蔵量3,000億バレル(2016年末,重質油)で世界首位を誇る有力産油国。石油輸出国機構(OPEC)に加盟する。PDVSAがベネズエラの石油産業を独占するが,政府が原油輸出収入を巻き上げ,散財してきた。
 誰もが想像するとおりに,物価上昇を繰り返し,結局は罪のない一般市民に生活苦を強いる結果を招いた。ベネズエラ経済破綻の芽は反米左派のチャベス政権時代にあったが,その後を受け継いだマドゥーロ現政権による失政がその傷口を拡大した。

1.終幕を迎えるマドゥーロ政権

 2019年1月10日,首都カラカスで再選されていたニコラス・マドゥーロ大統領の就任式が開かれた。任期は2025年までの6年間となるが,ベネズエラの野党だけでなく,米国や南米の周辺国,「リマ・グループ」は大統領就任を認めず,制裁強化で締め付けを図る。ベネズエラ政府は国際金融市場で資金を調達できない。
 外貨不足はベネズエラ経済をさらに追い詰める。石油産業を支えるためには,新規の投資が必要だが,米ドル経済圏との遮断が老朽化した設備更新の道を閉ざす。結果,ベネズエラの産油量は減少の一途を辿り,2018年12月の産油量は日量110万バレルと10年前の同240万バレルから急減している(3)
 この反マドゥーロの波に便乗した人物がフアン・グアイド国会議長。1958年1月23日はベネズエラで軍事政権が崩壊,民政移管実現の記念日だが,野党・反政府勢力は2019年1月23日に大規模街頭デモを強行。グアイド国会議長は勢いに乗って,「暫定大統領」就任を宣言した。この「暫定大統領」の就任,正統性を米国,欧州連合(EU),カナダ,南米諸国が早くも承認している。
 ホワイトハウスは2,000万ドルの人道支援を表明,マドゥーロ政権の存在を否定する声明を発表した(4)。米国はベネズエラから日量59万バレルの原油を輸入してきたが,禁輸措置を講じた。ベネズエラは年間110億ドルの原油輸出収入を逃すことになる。また,米国内で製油所3カ所,ガソリンスタンドを所有するPDVSAの米製油子会社シトゴ・ペトロリアムを制裁の対象とし,70億ドル規模の資産を凍結した。
 あわせて,ニューヨーク連邦準備銀行などが保有するベネズエラ公的資産の運用権限をグアイド国会議長に移管している。今後,米企業がPDVSAから原油を購入する場合には特別口座に入金させる(5)。宙に浮いた日量59万バレルが中国などに運搬されれば問題はないが,在庫として積み上がると,国際原油価格を押し下げる要因となる。
 EUもグアイド暫定大統領支持を打ち出すとともに,ベネズエラに大統領選挙のやり直しを要求した。英中央銀行のイングランド銀行はベネズエラから預かっている12億ドル相当の現物金を凍結している。
 このような西側諸国のアプローチに反発する国がロシアと中国。中露両国はベネズエラで獲得した権益を死守すべく,ワシントンに反旗を翻す。ベネズエラはさながら新冷戦の戦場と化している。

2.焦るロシアと中国

 ホワイトハウスを牽制するモスクワはマドゥーロ政権支持を早々と表明,グアイド暫定大統領に反発する。北京やアンカラもマドゥーロ政権を支持し,大統領就任式には副大統領や閣僚クラスを派遣した(6)。ロシア,中国,トルコのような強権国家は外国による内政干渉を極度に嫌う。
 中国は合計で50億ドルにのぼる経済協力に加えて,ベネズエラ側と共同で資源開発を進める計画を明言。トルコも経済支援を表明している。キューバやボリビア,それにイランや北朝鮮もマドゥーロ大統領を擁護する(7)
 一方,ロシアは合計で60万トンの穀物を支援すると約束した。また,合計60億ドルをベネズエラに投下するという。クレムリン(ロシア大統領府)は2018年12月,核兵器を搭載可能な爆撃機をベネズエラに派遣,軍事訓練を実施している。と同時に,マドゥーロ大統領の警備を錦の御旗に掲げて,傭兵も派遣,軍事介入の姿勢を鮮明にしている(8)
 モスクワはマドゥーロ大統領暗殺やクーデターを未然に防ぎたい。キューバ危機を髣髴させる動きだが,ベネズエラを舞台として米国とロシアの衝突が顕在化する可能性は否定できない。
 ただ,マドゥーロ大統領の求心力は明らかに低下している。世論調査によると,国民の82%がマドゥーロ大統領の辞任を希望しているという(9)。今後は軍部の動向次第だが,マドゥーロ政権の崩壊は時間の問題かもしれない。軍部がグアイド国会議長支持を打ち出せば,マドゥーロ政権は確実に撃沈する(10)
 マドゥーロ政権が空中分解の瀬戸際に追い込まれたとき,ロシアや中国はいかに対応するのか。その選択肢は限られている。自由世界の前に屈服する以外に方策はなかろう。チャベス政権以来続いた社会主義化は完全に失敗した。懸念される事態は米軍とロシア軍が軍事介入して,キューバ危機の再来やベトナム戦争の様相を呈していくことである。軍事介入を回避しつつ,マドゥーロ大統領を退陣に追い込めるか。この一点に尽きる。
 グアイド新大統領が誕生すれば,自由世界諸国は全面的にベネズエラを支えるだろう。もちろん,国家再建は容易ではない。グアイド新大統領は近隣のチリをモデルとして経済の建て直しに踏み切るだろう。人道的支援を皮切りに自由主義経済モデルを徹底的に追及すれば,ベネズエラ経済を再建する道が開けるだろう。
 ベネズエラには潤沢な原油資源が眠っている。国際石油資本(メジャー)が本格的にベネズエラに上陸し,資金と技術を投入すれば,徐々にではあるけれども,ベネズエラの石油産業は息を吹き返していくだろう。これは石油消費国にとって朗報となる。国際原油価格の安定にベネズエラ産原油が寄与することは言うまでもない。

(1)『日本経済新聞』2019年1月24日号。
(2)『日本経済新聞』2019年2月10日号。
(3)Financial Times, January 31, 2019.
(4)『日本経済新聞』2019年1月25日号。
(5)『日本経済新聞』2019年1月30日号。
(6)『日本経済新聞』2019年1月12日号。
(7)『日本経済新聞』2019年1月25日号。
(8)『日本経済新聞』2019年1月28日号。
(9)Financial Times, February 2, 3, 2019.
(10)Financial Times, January 30, 2019.
前回(「第8回 クレムリンの資源エネルギー戦略 」)はこちら

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