その本質を見抜くことは難しいが,経済協力が先行することだけは確かである。経済的に困窮を極めるロシアとしては日本からの投資を呼び込み(外貨を獲得し),資源エネルギーをできる限り高価格,かつ大量に売りさばきたい。確かに日本とロシアには経済的相互補完性が成立するけれども,それは欧州とロシアに成立する構図と同じである。だが,金融制裁が足枷となって,ロシアは欧州との経済関係を強化できない。消去法的に日本に飛び込んできた。
日本の官邸はこれを絶好の機会と捉え,一気に対露関係を強化していこうと意気込む。外務省から対露外交の主導権を剥奪し,官邸主導に転換。安倍晋三首相は世耕弘成経済産業相に新設のロシア経済分野協力担当相を兼務させた。ロシアにも日本担当の大臣が新設される。世耕経産相はサウジアラビア経済協力でも旗を振る。
混迷を深めるロシア市場で果実が得られるかどうかは不透明であるにもかかわらず,日本企業は官邸に押されて,仕方なく重い腰を上げようとしている。将来的にロシアが成長市場であるとの無理な理屈を並べて,否応なくロシアに進出せざるを得ない企業は哀れでもある。ロシア以上に有望な市場は地球上に山のように存在するからだ。
東芝はロシア郵便と郵便・物流システム事業で包括的な協業に乗り出す(1)。また,三井物産と国際協力銀行(JBIC)はロシア電力大手ルースギドロの株式4.88%を取得するという。JBICはロシアの天然ガス大手ノバテックが進める液化天然ガス(LNG)生産基地(ロシア西部ヤマル半島)の建設に融資することも検討している。JBICは極東経済特区でも運営の支援を実施する構えでいる(2)。
マツダ傘下のロシアの合弁会社はウラジオストクに自動車エンジンの工場を建設する。さらに,JFEエンジニアリングは同じくウラジオストク近郊に野菜の温室栽培施設を建設する。
三菱商事はサハリン州で産出される天然ガスからエタノールを生産するプラントを建設すべく,州政府と事業化調査(FS)を実施する覚書を交わしている。一方,三井物産はロシア国営天然ガス独占体ガスプロムと共同で,船舶用燃料として日本,韓国,中国でLNGを供給する事業を検討している。三菱商事も三井物産も原油・LNG事業サハリン2に出資している(3)。
日本政府はエネルギー分野で包括的な協力策も打ち出した。具体的には,ロシア極東・東シベリア地域で原油・天然ガス田を開発する。ロシアは原油・LNGの対日輸出量を大幅に引き上げたい。石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)を通じて,ロシア国営石油最大手ロスネフチの発行済み株式10%程度を取得する案もある。ロスネフチ株については,ロシア政府が69.5%,英系国際石油資本(メジャー)のBPが19.75%をそれぞれ保有する。ロシア政府は19.5%を売却する方針でいる(4)。
また,日本はロシアと原子力発電所の廃炉技術を共同研究する。原子力分野の技術協力,人材交流,安全協力も進めていく。
極東サハリンから火力発電の電力を北海道に海底ケーブルを使って輸出する構想もある。プーチン大統領は日本と韓国,ロシアを結ぶ送電網構想,エネルギーブリッジ構想を提案,政府間の作業部会を設置する考えを示した(5)。合わせて,ロシア産の水素を日本で活用する方針も日本政府が検討する。さらに,再生可能エネルギーの普及にも取り組む構えでいる。
ロシア極東地域では人口流出に歯止めがかからない。しかもロシアでは少子高齢化が進み,経済発展の障害となっている。政策金利が年率10.00%と高止まりするなか,足元では資源安や経済制裁が原因で通貨ルーブル安と株安が同時進行。ロシアからのマネー流出が止まらない。
日本の政府と企業は一丸となってロシア経済協力に邁進するが,たとえ平和条約が締結され,北方領土の一部が日本に返還されても,それに見合うだけの経済的果実をロシアから得られるのか。資源部門で上流への食い込みは必要ではある。だが,それは日本企業を潤し,国益に寄与するものでなければならない。そうでないと,日本が一方的にロシアを救済するだけに終始してしまう。この視点はサウジアラビアにも相通じる。